尾張屋「江戸切絵図」の特色
近江屋板と尾張屋板

江戸切絵図は、江戸城下を幾つかの区域に分割し、主に武家屋敷名、寺社名、地名を記録した区分絵地図です。

江戸切絵図板元の一つの尾張屋(金鱗堂)は、江戸時代末期の嘉永2年(1849)から文久3年(1863)までの15年間に32種の切絵図を世に出しました。

尾張屋の江戸切絵図が扱っている地域を現在の東京で見ると、おおよそJR山手線沿線内に加えて、東は江戸湾岸沿いまでと、隅田川を渡った本所・深川・向島の地域です。

武家屋敷、神社仏閣、町家等を訪ねる時のナビや、お花見など遊興地への道案内として重宝されただけでなく、地方から来ている勤番侍が国元へ帰郷する際の“江戸土産”となって全国に広がっていきました。

 

1 近江屋板「江戸切絵図」(個人蔵)




2 右図 近江屋板「下谷三ノ輪浅草三谷辺之絵図」
嘉永3年部分(個人蔵)

下図4の尾張屋板「浅草絵図」と同じ地域
   

江戸全域を一枚の大きな台紙に収めた江戸大絵図に代わって、小さく区切った切絵図を最初に板行したのは吉文字屋と言われています。宝暦5年(1755)から安永4年(1775)にかけて、20年間に8図出したところで終わってしまいます。

次に切絵図を出したのは江戸麹町にあった荒物屋の近江屋五平で、吉文字屋板が止まってから70年後の弘化3年(1846)の初出でした。(上図1,2)

近江屋五平の荒物店は、武家屋敷が密集している番町の入口にあたる麹町十丁目にありました。武家屋敷を訪問する人のために自作した“武家屋敷案内図”が好評だったことから、改めて地図出板者近吾堂の届けを出して、江戸全域の切絵図を制作販売していくことになります。
(江戸の地図屋さん 俵元昭 吉川弘文館)

近吾堂は、弘化3年から販売を止める安政3年までの10年間に43種(江戸切絵図集成 中央公論社)の切絵図を板行し、14図27回ほど重版しています。



3 尾張屋板「江戸切絵図」(個人蔵)



4 右図は尾張屋板「今戸箕輪浅草絵図」
嘉永6年部分(個人蔵)

上図2の近江屋板「浅草絵図」と同じ地域
   

麹町六丁目にあった絵双紙屋を営む尾張屋清七(金鱗堂)が江戸切絵図を初出するのは、近吾堂に3年遅れる嘉永2年(1869)でした。

近吾堂が武家屋敷の多い番町絵図を最初に出し、続いて永田町、駿河台小川町、と武家町から板行していったのに対し、尾張屋は最初にお城周りの大名小路絵図を出した後、日本橋南と日本橋北の町屋(商店街)地区を板行していきます。

絵図の仕上がりについて見ると、 近吾堂板が薄青、黄、墨に一部薄緑を入れた淡彩4色刷の絵地図だったのに対し、尾張屋板は、赤、黄、青、緑、灰、黒など、濃彩6色~7色を使った彩色絵地図でした。(上図3、4)

大名の上屋敷の正門位置に朱の家紋を入れ中屋敷には、下屋敷にはを付けて、上・中・下屋敷の識別が出来るようにしたのも尾張屋の工夫でした。朱塗りの家紋が何個も入った絵図は華やかになりました。(下図5、6)


5 上図 尾張屋「音羽絵図」嘉永6年の凡例(国会図書館蔵)
御紋は大名の上屋敷、■中屋敷、●下屋敷を示す凡例。


6 右図 家紋の付いている大名屋敷は上屋敷、
■中屋敷、●下屋敷を示している。
「京橋南築地絵図」文久元年(個人蔵)
 

江戸切絵図のサイズ

尾張屋の32種の絵地図の形とサイズについて見ると、大半(25図)は約49×54㎝のやや正方形に近い形で、ほかは変則的に38×73㎝(3図)、74×54㎝(2図)、36×66㎝(1図)、49×90㎝(1図)、と、タテ・ヨコ比が1対2に近い長方形でした。

このように数枚の絵図が長方形に仕上げられているのは正方形2図分の地域を1図にまとめた結果で、大きいサイズにして1枚で見渡せるようにしました。近江屋板は全43図が約45×63㎝の同じサイズで仕上げられています。
(江戸切絵図集成 中央公論社)

例えば、本所・深川地域を、近江屋板は「本所猿江亀戸辺図」「北本所中ノ郷石原辺図」「南本所竪川辺図」「深川之内小名木川ヨリ南之方一円」の4図を使っていますが、尾張屋板では約74×54㎝の大判長方形で「深川絵図」と「本所絵図」の2図に収められています。

尾張屋版で最も大判(49×90㎝)で索引項目も最多(約1340個)の「下谷絵図」では、近江屋板の「外神田下谷辺絵図」「上野下谷辺絵図」の地域が1図に収められ、神田川沿いの町屋区域から上野の寺院群までが1枚で俯瞰出来ます。

このように、多色刷りや種々の工夫が施された尾張屋の切絵図は、先行の近江屋板をしのぐ売れ行きとなります。

近江屋が安政3年(1856)で切絵図の制作を止めた翌年、尾張屋は21種の絵図を一挙に重版や改正新刻し、全26図(28図?)のセット販売をしているようです。

その後も尾張屋は明治3年(1870)までの14年間に、4図の新板(復刻江戸切絵図29~32)と73回の重版 を重ねました。


参考文献 
江戸切絵図集成  齋藤直哉 朝倉治彦 中央公論社 1981-84
江戸図の歴史 別冊・江戸図総覧 飯田龍二 俵元昭 築地書館 1988
江戸切絵図と東京名所絵 白石つとむ 小学館 1993
嘉永慶応 江戸切絵図 人分社 1995 
江戸切絵図の世界 別冊歴史読本 60号 1998

文責・岩橋文武 2014©

〈 尾張屋板「江戸切絵図」の終焉〉に続く
 

  
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