「複刻版 江戸切絵図」 原図の所有者

全32図の刊行が完結して数年後、絵図に押されている印が気になってきました。改めて調べると、複刻した32図中、国会図書館蔵冑山文庫の28図には数種の印が押されていました。

28図すべてに根岸信輔氏寄贈」下図A、「帝國・昭和・九・六・二七・寄贈」同B、「帝國図書館蔵」同Cの3種類の印と、12図に
三餘書院@の印がが押されていました。(解読不明2種)

この4個の印から、この28図は、「根岸信輔氏が、昭和9年6月27日に、帝國図書館に寄贈した」ものであり、@の「三餘書院」は、旧所蔵者の蔵書印と思われることがわかりました。

寄贈者の「根岸信輔」は、江戸時代中期以降、武蔵国大里郡冑山村(現埼玉県熊谷市冑山)の名主・根岸家の幕末期の当主・根岸友山であることが文献により確認出来ました。

信輔(友山)の没年は明治23年でしたので、本人の没後45年経った昭和9年帝國図書館に寄贈されたものとなります。
 
               
   @三餘書院    A根岸信輔氏寄贈    B帝國 昭和九・六・二七・寄贈    C帝國図書館蔵


根岸信輔(友山)については、現在“熊谷デジタルミュージアムー熊谷の偉人の部屋”で詳しく紹介されていました。下記に概略引用します。



根岸信輔(友山) 文化6年(1809)〜明治23年(1890) 
武蔵国大里郡冑山(現埼玉県熊谷市冑山)の豪農・根岸信保の長男として生まれる。
16歳で家督相続し、冑山村名主就任。村政のかたわら近隣村との治水事業に尽力。
寺門静軒、千葉周作などに文武を学び、地元に学問私塾「三餘堂」、武術道場「振武所」を開設。
文久3年(1863)の浪士隊募集に門人多数と入隊して上洛し(54歳頃)、創設期の新選組に加わるが、幹部の粛清などに反意して江戸に戻る。
江戸帰還後も尊皇攘夷の士として活動を続け、「吐血論」を著す(慶応3年)。
明治新政府になって後も、廃藩置県に関する建白書や、関東の治水事業に関する「治水表」を提言している。
明治21年・漢詩集「田園雑興」を出版。
明治23年没(81才)。



江戸切絵図28図が入っていた国会図書館所蔵・冑山文庫は、信輔と弟の武香(たけか、貴族院議員、国学者、考古学者 1839-1902)の蔵書を合わせて、二人が亡くなったのち遺族によって旧上野帝國図書館に寄贈されたものでした。(上図Bの寄贈印は昭和9年ですが、国会図書館リサーチナビでは昭和6年寄贈となっています)

寄贈された書籍の総数は約950点(国会図書館リサーチナビ)。多岐にわたる学問書・趣味書に混じって各種江戸大絵図や地理書とともに「江戸切絵図 28図」が入っていました。

その28図中の12図に押されていた「三餘書院」の朱印(上図@)は、根岸友山(信輔)が創設した学問私塾「三餘堂」の蔵書印と思われます。

これらの事から、複刻「尾張屋板 江戸切絵図 全32図」中、国立国会図書館蔵・冑山文庫所収の28図は、幕末〜明治の動乱期を豪農の名主として、また尊皇攘夷に士として
生きた根岸信輔(友山)自身の所有か、彼の学問私塾「三餘堂」の蔵書だったことがうかがえ、当初の所有者が推測出来る珍しい江戸切絵図といえます。

すべてが初板新刻板でそろっていることから、新しい絵図が出るのを楽しみに待ち、発売されるたびに購入していた姿が浮かんで来ます。

根岸信輔(友山)については、現在も生家が残る埼玉県熊谷市冑山にある“根岸友山・武香顕彰会によって、根岸家の歴史とともに友山関係の資料が保管継承されています。
また、旧根岸家長屋門が埼玉県熊谷市教育委員会によって復元保存され、熊谷市指定文化財になっています。


国会図書館蔵・冑山文庫中の「江戸切絵図」は、現在はデジタルデータ化されており、PCによる検索閲覧が可能です。(検索「江戸切絵図 国会図書館」

参考文献等 :
『根岸友山・武香の軌跡ー幕末維新から明治へ
』 根岸友憲監修 根岸友山・武香顕彰会編 さきたま出版会 2006年
『熊谷市指定文化財「根岸家長屋門」保存修理工事報告書』熊谷市教育委員会 2012
熊谷デジタルミューゼアム、ほか

文責・岩橋文武 2012



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